ずいぶんと久しぶりの投稿になった。少しずつこちらのサイトも活用していこうと思い立ち、この前サイトのデザインを一新した。よりシンプルで写真と文章をただ置いておく場所という感じがして気に入っている。見返すと最後の投稿は2024年の年末になっている。こちらのサイトはずっと放置していたわけだが、その間いろいろあったなと思う。世の中的に一番大きな変化はなんと言っても生成AIの普及だろう。登場当初は恐る恐る使っていたのも懐かしく、今となっては語学、哲学、日常の些細な困りごとから話し相手までもはやAIが生活の細部にまで染み込んできている。
最近もう一つ運営している哲学のWebサイトの記事をAIを使って書いた。以前だったらそれこそがんばって書いて3日くらいはかかっていただろう内容だが、私が喋った収録音声をAIに読ませて、「ブログ用に記事化して」とお願いすると一瞬で一つ、二つと記事が出来上がった。まさに革命的に効率が良くなったと思う反面、出来上がったブログ記事を読み返してみるとなんだか気持ちが悪い。自分の思いが自分の言葉ではない文章で構成されている不気味さを感じた。そのようなこともあり、めんどくさくてもやっぱり文章は自分で書かなくては意味がないし、そこはAIの使いどころではないんだということに思い至った。私にはこんなことでさえ一つ一つ実際にやってみないとわからない。
AIで書いた記事は気持ち悪いなら消してしまえばいいのにまだ置いている。こういうとき「もったいない」という意識が働いてしまう自分がかなり嫌いだ。内容自体は私が感じたことなのでできるだけ私自身の言葉に直しておいておこうと今は思っている。
こういうエッセイ的な文章って難しいなと思う。どうしても自分を飾ってしまったり、あまりにも意味のない文章になってしまったり、なかなか絶妙なバランス感覚が必要だと思う。どれだけ飾らずに書いたつもりでも、読み返すとどこか芝居がかっている気がしてしまう。そういうときは誰かのエッセイや日記的な文章を読むといいかもしれない。今回も福尾匠さんや光枝ういろさんの記事を読んでいて急に書きたくなったのだった。私も自分の言葉で書いていこうと思う。
