NHKのニュース原稿をAIが澱みなく読み上げている。外国人が東京の高級時計店に強盗に入っていた。映し出される映像はどこか知らない外国の光景のようにも見えるが間違いなくこれが今の日本なんだ。いつから世界は私の知らないものになったのか。そして私は今日もデカいバックパックにMacBookと語学書を山ほど詰めて大学図書館へ通う。詰めすぎてバックパックの縫い目がギチギチ引っ張られて破れそうになっている。
どこでマンデラエフェクトは起こったのか。世界だけが加速度的に進んでいき、私はある時代に取り残されたままだ。それでも身体だけはしっかりと老いていっているようで最近老化を感じている。大学はまだまだ夏休み中のようで図書館内は閑散としていた。クーラーが効きすぎない最上階の閲覧席にバックパックをおろす。いつものようにスピノザ『エチカ』の翻訳作業をはじめる。いつまで経っても憶えられない単語を辞書で引き、ノートに書き写していく。それぞれの単語の意味がわかっても文意が取れるわけではない。ラテン語は単語の連なりから文章へ変換する際の飛躍が大きい。前後の文脈把握能力と想像力、応用力を試される。ニュアンスみたいなものが重視される。その点ドイツ語は厳密なので意味が一つに確定しやすい。全然違う。ひとしきスピノザのラテン語と格闘し帰途についた。
ひさしぶりに母に電話をした。声は明るかった。でもその声の中にあるもう決定的に断たれてしまった親密な絆の断線がたしかに感じられて悲しくなる。父母と話すたびに私はもう家族ではなくなってしまったんだという想いがしてやるせなくなる。それも私自身がそうしてしまったんだからどうしようもなく取り返しもつかない。両親がどれだけの想いで私を育ててくれたのかその愛情を考えると、その愛の中にあるいびつさやエゴも同時に喚起される。二つに分たれた想いの間で押しつぶされそうになる。
私の精神はあの大学時代の終盤に取り残されたままなのかもしれない。
