誰かから「いいね」をもらう右上の青いマークを見る目が赤い

すべてのSNSのアカウントからログアウトした。最近またひどく依存していたし、承認欲求に翻弄される自分自身が心底嫌だった。それが直接の原因ではないが妻とも大喧嘩した。なにか自分を変えなければ収まりがつかないほどの喧嘩だった。ほんほうに自分自身も含めて心底嫌になってどうしたらいいかわからなくて悲しかった。何かを変えて前に進むしかなかった。自分にとってなにが大切なのか文章を書きながらひとりスタバで考えつづけた。そしてわかった。私にとってほんとうに大切なことは「穏やかに楽しく暮らすこと」だった。それは不特定多数の承認を得ることでもなければ、何か難しい哲学書をやみくもに理解することでもなかった。明らかに私は資本主義の奔流に流されまくって正気を失いかけていた。気づけてよかった。ほんとうに大切なものやかけがえのないものをすでに私は手に入れていたがそれに気づけていなかった。これまでの私はとにかくこの人生で何か価値のあることをなさねばならないと気張っていた。1分1秒でも時間を無駄にしてはいけないと自分自身を追い込むように生活していた。でもそれが明らかに自分には合っていなかった。そして常に心は何かに追い立てられていたが、その割には自分のやりたいことに手がつかないでいた。

根本的に私の人生に対する態度が違うのではないかと思った。何がそう思わせてくれたのかは特定できない。さまざまな要因が重なったとしか言いようがない。それは今回の妻との大喧嘩かもしれないし、最近観た美術館での展示の影響かもしれないし、学んでいる哲学の影響かもしれない。すべての出来事が複合して、そして私がそれを文章にすることで自分自身を反省することができたのだと思う。このようにして人は変わっていくのだし、そのようにしか自分を根本から変えることはできないのだと思った。

語学書の積み重なった卓上で鈍器のような辞書を読みたい
誰かから「いいね」をもらう右上の青いマークを見る目が赤い
テキストのコピーはできません。