2026年8月30日

世界(SNS)との接続を切って1週間。まだことあるごとにXを開きたくなる。そして自分が世界から取り残されていくような感覚も少しだけある。本来の世界の「暇さ」とか「退屈さ」を今はしっかり思い出したい。これまでは退屈さを感じる暇もなく新しいコンテンツの渦に巻き込まれていたのだ。ネットには際限がない。それはまさに悪無限としかいいようがない。
情報に際限はなくともそこから自分が得るものはいつも決まっている。「承認欲求ベースの生活習慣」これである。これこそ諸悪の根源であると思う。そしてこれは現代の資本主義が生み出したまやかしのゲームでもある。そのゲームの盤上で現代人は皆踊っている。いや、踊らされていると言った方がいい。その裏にはそれで金儲けをしている大企業の周到な論理がある。なにか話が陰謀論めいてきたがそのようなゲームから降りるということ、これこそがずらしであり、カウンターであり、天邪鬼な私の生存戦略であるということが言いたい。

「シットとシッポ」最新話を聞いていたら、福尾さんのフィロショピーで「480分で『千のプラトー』」という講座をするという。これも「差異と反復」ゼミ同様に「千のプラトー」に自分でアタックできるようにするまで持っていけたらいいという感じみたいで俄然受けたくなった。迷っていると言いながら自分の中ではもう受講することを決めている。そんで千のプラトーの愛蔵版を立ち読みしたくなったので、梅田のジュンク堂へ午後から行ってきた。ううーん。あいからわずのわからなさで逆に安心する。480分でこれにアタックできるようになるとは到底思えない。実際それは厳しいのではないかなと思っているし、この講座に期待をかけすぎるわけではない。だって内心では実際4800分あってもおそらく無理なんじゃないかなと思っているから。それでもなにかとっかかりは掴めるかもしれないし、めちゃくちゃたのしみではある。『ドゥルーズキーワード89』と小泉義之著『ドゥルーズの哲学』を買って帰宅した。

ということで9月中盤からはドゥルーズにどっぷりと浸かることになりそう。ドイツ語とラテン語も続けることが大事だと思う。

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