小泉義之「ドゥルーズの哲学」を読んでいた。微分の説明がここまでわかりやすく書かれている本に初めて出会った。もちろん微分の解説だけであれば数学の本を探せばもっとわかりやすい本はたくさんあるだろう。でもそれがドゥルーズの哲学における微分となると一気に選択肢がなくなる。おもしろくて一気に3分の1くらい読んだ。こんな感じで少しずつでも自分の中にドゥルーズ哲学の感覚をインストールしていくしてくしかないだろう。それでも自分が未知の新しいものに開かれていくような気がしてうれしい。
朝ゴミを捨てに出たらマンションの廊下にカナブンの死骸が落ちていた。一階降りるごとに一匹落ちていた。形がそのまま残っているもの、誰かに踏まれたのか足はもげぺしゃんこになっているもの様々だった。
いちじくを食べた。皮を剥くとき頂上からするりと手で剥けた。美味いいちじくであることが食べる前からわかる。ただ熟していたらいいというわけでもない。毎日りんごを剥いて食べているので、果物の皮を剥くときの指先に伝わる感覚で大体判断がつくようになった。美味い不味いというのはただの差異にすぎない。美味いから善、不味いから悪であるというのは人間が勝手に解釈しているにすぎない。
過去の記事を読み返していたらこのMacBookの購入記事が出てきた。2021年9月に購入しているので丸5年使っていることになる。最近は外出時にも持ち出すようになり、これがなくては生活が成り立たない。ちょっと扱いが荒いかもしれない。壊れたら路頭に迷うことになるので、もっと大切に扱わなくてはいけないなと思う。
それと同時にこのマンションに越してきて5年が経ったんだとも思う。このMacBookはマンション購入時のグリーンポイントとやらで購入したのだった。
5年という月日を思いかえす。「何も変わっていない」と「すべてが変わってしまった」の両方を同時に感じる。時が経つのは「早い」とも「遅い」とも「順当」とも私には思われる。不思議だと思う。
寝転がって本を読んでいたらうたた寝をしていた。これでいいじゃないかと思う。眠たければ寝ればいい。なにも自分を責めることはない。もはやSNS的なものに急かされることもない。なにをやってもやらなくても大丈夫だと思えた。
