福尾匠さんのドゥルーズ、480分で『千のプラトー』講義初回視聴した。熱のこもった講義だった。二時間をゆうに超えてぎっしりと『千のプラトー』読解の要点が余すところなく語られていた。今日1日iPhoneに音声を入れてラジオ的に聴いていた。これからも何回も聴きたくなるだろう。私が知る範囲での福尾さんの活動とドゥルーズの哲学を重ね合わせると納得感があるというか、まさに自身の人生でそのリゾームとしての哲学を実践しているんだなということがよくわかった。
ひるがえって私の人生はどうか。あまりにも「定住」的ではないか。住む場所も仕事も趣味も家庭も変わり映えしない。同じことの繰り返しのような毎日。それでもどんなに「定住」的なものの中にも「遊牧」的な要素が隠れているという。たしかに外在性のアレンジメントは考え方次第でいろいろなところに見出せるかもしれない。固定観念とか役割とか「〜すべき』とか自分を縛るものから一旦自由になること。それが「n-1」で生きるということ。超越的なものを切り落とすこと。私はおそらく「ありもしないもの」にとらわれすぎているのだろうということはわかった。しかしじゃあ具体的にどうしたらいいのかということはまだ見えてこない。やみくもになんでも手を出せばいいということでもない。それではひげ根的となり真にツリー構造から抜け出すことはできないということだ。
引き算の美学的なこと?いや単に引けばいいってもんでもなさそう。自分の置かれた状況のなかで何が「頭」なのかを見極めること、そしてその「頭」を切り落とすということが大事なんだ。
その切り落とすべき「頭」的なものはもしかしたら「今自分がしている仕事」とか「妻との結婚生活」とかいった具体的なものではなく、もっと象徴的なものとして自分の生活のA面ではなくB面にあるのではないかという気がした。
つまりこの前『差異と反復』ゼミで学んだように、想像界と現実界と明確に区別される記号界のなかに隠されてあるのではないか。
しかしなにが自分にとっての「頭」なのかが仮にわかったとして、それを実際に切り落とすことは恐怖心を伴い、勇気が必要になるのかもしれない。
とにかくおもしろかった。いつまでも聴いていたかった。1000分に拡大されたらめちゃくちゃうれしいだろうな。
ドゥルーズに少しでも興味がある方には受講をオススメしたい。
次回も楽しみである。
