いまさら言うまでもないことだが読むことと書くことは両輪だとあらためて思った。何かをただ書こうとしても何も書くことがない。そういうときは無理やり書こうとするのではなく、読むほうがいい。読んでいたら書きたいことが湧いてくる。法則はシンプルに、書きたくなるまでは読んだほうがいいということ。
スピノザの論理学がどのような位置付けなのか確認しておきたかったということもあり、昨日から『メタ論理学入門』を読み始めた。数年前挫折した時よりもおもしろく感じる。すんなり話に入っていけている。
それはなぜなのか考えてみた。ここ数年、語学をやっていることが私の読解力の基礎になっているのではないかと思った。語学は筋トレみたいなものだと聞いたことがある。そして私にとっては語学に取り組むことがすなわち哲学を学ぶことにもなる(ラテン語ではスピノザを、ドイツ語ではヘーゲルを読んでるふりをしてる)。一石二鳥とはこのことだ。語学はコスパの鬼なのだ。
スポーツでもなんでも基礎は大事である。本を読むこと、文章を書くこと、語学に取り組むこと、筋トレすること。それらをうまく循環させることができればいいなと思う。もっと滞りなく流れるように生きていきたい。うまくいかない時はうまくいくことに取り組めばいいのだから。
それと同時に間隔を開けるということも大事。ずっとそればかりやってたら飽きる、煮詰まってきて窮屈で身動きが取れなくなって呼吸が苦しくなってくる。つまりしんどい。ちょっとやって煮詰まってきたらまた他のことにちょっと手を出してみる。そのとき前回のセーブポイントより少し前に進めるようにする。そのためにはひとつひとつをきちんとセーブしてから他に手を出す。決してやめてしまわない。いくら間隔が開いても必ず戻ってくる。それが大事だといつも思ってる。
短歌
「筋トレと思って語学続けてる」そう言う君の上腕が鬼。
