
楽しい仕事
自由自在に言葉を操って、人とコミュニケーションが取れたら楽しい。
仕事というのは人間関係がすべて。
どうせ働くなら楽しく働きたいと思う。
人間関係が良ければ、辛いことが辛くなくなる。しんどい仕事も楽しくなる。
やっとそういうことが実感としてわかってきた。
実感としてわかるはどういうことなのか?
日々仕事をする中で、楽しく感じる瞬間がある。
それは、他者とうまくコミュニケーションが取れた瞬間であった。
では、コミュニケーションがうまくいく時と、いかない時の違いは何だろうか。
人と人との相性というものはある。
しかし、相性の良い人との間のコミュニケーションにおいてもうまくいく時といかない時がある。
突き詰めて考えていくと、結局は相手の問題ではなく自分の側の問題に思えてくる。
いい本を読み、いい音楽を聞き、自分の中で消化してアウトプットすること。自分の感性を高める努力をすること。
運動、食事、睡眠を改善し、身体と心を大切にすること。
それでも、ダメな時もある。
なんでそんなこといってしまったのだと後悔することもある。
ただ最大限のベストを尽くすのだ。
自分自身を出し切るのだ。
日常60





広角28ミリと加齢による視野の狭さについて
年齢と愛用するカメラの画角には相関関係があるというのを聞いたことがある。
若者ほど広角域を使い、歳を重ねるごとに画角は狭くなっていくそうだ。
納得させられるところがある。
人間歳と共に視野が狭くなり、偏屈になっていく人も多い。
自分も例外ではなく、しっかりと歳を重ねている。
正直、自分自身では大学出た頃と何も変わったつもりはないけれども。
特にここ数年、加速度的に月日がぶっ飛んでいく。
せめてカメラの画角くらいは若さを保っていたい。
自分は広角単焦点28ミリのGR3を使いつづけるだろう。
28ミリという画角は写真表現として難易度が高いと思う。
人間の視野に一番近く、普通にスナップすれば、パンフォーカスに近い画になる。
つまり、人間の目で見ている光景に近い。
普通の写真が量産される。面白みのない写真になる。
この画角で、なにか人をハッとさせる写真を撮ることの難しさを痛感する。
撮っていて、もう少し狭い画角が欲しいと思うタイミングは多い。
だが、そこをなんとか工夫するところにおもしろみを見出すべきなのではないか。
不自由な部分に魅力を見出してこそ撮れる写真もあるかもしれない。
本来GRとはそんなカメラではないのか。
40ミリなんて、甘えだ。くそくらえ。
言葉は添えるだけ。
行動は起こすだけ。
しんどいからを言い訳にしてたら何もできない。
環境を変える、タイミングを変える、場所を変える。
変えることで前に進めることもある。
無理に変えなくてもいい。
いつものパターン、ルーチンワークでもいい。
しないよりはやったほうがいい。
それが経験になれば、気づきがある。
次へつながる。
やっていれば何かが降りてくることもある。
才能とか、努力の話ではない。
信仰心。理屈ではない。
理屈を超えて信じられることをただやる。
我流でも、めちゃめちゃでもいい。
下手も上手もない。
と、自分を鼓舞してみる。
日常59







MacBook Air

MacBook Air がきた。
その白いシンプルすぎる外箱を開ける。
ピッタリと作られているので、
まるでミリ単位でけずられ、合わせられた工芸品の茶瓶の蓋を開ける時のような気持ちの良い音を聞く。
薄いフィルムで覆われた本体が姿をあらわす。
わくわくしている。
間違いなくAppleはこの開封の儀を極めて重要なユーザー体験と認識している。
上質なものを手にしているんだという感覚を作為的にいだかせる仕掛けだ。
シンプリシティーと精密さ。
その企業理念の徹底に圧倒させられる。
一事が万事。当然のごとくなにものにも妥協はしない。
その恐ろしいまでのストイシズムがびしびしと伝わってくる。
本体を持ち上げ、フィルムをはずす。
そんなに、軽くはない。
凝縮された金属の塊。
この上なく洗練されている。
ひとまず、落ち着こう。
付属品は充電ケーブルとアダプタ、簡素なスタートアップガイド、アップルマークのステッカーのみ。
もはや、シンプルすぎて不親切。割り切りが半端ではない。
分厚い説明書なんていらないと。
わかる奴だけ使えと。ついてこれる奴だけついてこいということか。
おもむろに親指で画面を開く。
開き切る前に既に画面は起動していた。
素知らぬ顔で「ずっと点いてましたけど何か?」と問うているような、
「これくらいは余裕ですけれども?」と涼しい顔をしている。
初期設定を終えて、デスクトップが立ち上がる。
MacBookのある生活がはじまる。




思考内容のない思考作用
久しぶりにワラーチでトレイルを走った。
まず、不快感がきた。素足に濡れた落ち葉とか、土が絡みつく。
笹が脛をむずがらせる。山頂にはなかなか着かない。こんなに遠かったかなと思う。
ふと腕を見ると蚊が止まっている。吸われた後だった。
腕の上で、蚊の死骸と自分の血液が混じり合う。
足を見るともう2匹止まっている。吸われている。同じことだった。
まだ着かない。つまらない。
途中、鉄塔の写真を撮る。少し報われた気がした。頂上に着いたので降る。
なにを考えるでもなく、考える。何を考えたか知覚する前に、次から次へと思考は進む。唐突に結論だけが献上される。
全てのものに底が見えた気がした。
日常58







日常57















日常56








